2010/11/22(Mon)
「基体説」論考4

さて、今回は「基体説」のもたらす弊害につきまして考えて参りたいと存じます。

まず、松本史郎氏の関連論考を参考と致しまして、松本史郎氏が「基体説」の弊害として述べられていると思われる主張に関して、私なりに少しメモ程度にまとめさせて頂きますと、

『安易な空思想は最悪の現実肯定の理論となる。それは、「不二」や「即」の名のもとに楽天的な"同一性"を説き、密教を擁護する理論となる。』

『現実と実在の全面的同一性』の理論となる。

『(空の思想が)一切を単純に否定する気楽なニヒリズムと、それに裏うちされた全面肯定の楽天主義』に陥る。

『善悪を超えた一元の立場から善悪をそのまま容認する現実肯定的、最善主義的な』思想に陥り、何らの問題(迷い・苦しみ)の解決にもならない。

『原理的な同一、無差別を言うことによって、かえって現実的な差別を肯定し、絶対化する』というものとなる。

『原理的な同一性、無差別性を言いながら、最終的には現実の種姓や諸法の差別を述べることで終わる。』

『無差別平等なる「一」によって、差別たる現実の「多」の実在性が根拠づけられる』ことにより、『現実的差別が固定化・絶対化』されてしまうということになる。

以上の松本氏の主要な主張を鑑みますと、仏教思想における「現実肯定化・同一化・固定化・絶対化」、そして、特には「差別の肯定化・絶対化」といったことを弊害として簡潔にまとめることができ、更には、「仏教の曖昧化」、「仏教の堕落化・腐敗化・退廃化」といったことも考えることができます。

更に上記より導き出されるより具体的な弊害としては、「仏教の反知的神秘主義化」を招き、「教説・修行の神秘化・密教化、あるいは魔性化」傾向が顕著となる、また、「全面肯定論」から「修行不要論」・「仏教不要論」への転落といったことなどが考えられます。

次に、仏教思想が非仏教化していくことに大きく影響した思想について考察して参りたいと思います。

・・

「基体説」論考3

如来蔵・仏性思想において、最も重大な問題は、「実体的な存在」を是認しているのかどうかということでありますが、残念ながら、これまでの私なりに進めて参りました仏教論考考察の結果として、松本史朗氏の「基体説」によって明確に説明されるように「実体的な存在」を是認していると言わざるを得ないものと考えることができ、松本史朗氏の「如来蔵(仏性)思想は仏教にあらず」という見解は追認するべきであると言えます。

これまで、考察の俎上に何度も挙げて参りました「基体説」とは、『存在・現象など一切のモノ・コト、万物に関する究極的な真理としての最終的基体(基本・基底・基盤・根本・根底・根源・根拠などの本質体)というものが、「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」としてあるのだと想定・仮定・仮説した上で、それらから、あらゆる事物・事象・現象が生じていると説明する「発生論的一元論」・「生成流出論的根源論」・「絶対的一元論」』というものであります。仏教が、上記のような「基体」を想定・仮定・仮説し、「現実肯定の理論」へと転落して、非仏教化していく経緯の中においては、様々に「最終的基体」(dhātu)に関しての表現が成されて説明されていることが伺えます。

今までの私なりの仏教論考考察から思いつくままにそれらの例をまずは挙げてみましょう。中には、意外と思われる単語も含まれているかも知れませんが、「最終的基体」(dhātu)を思想的に含んでいる可能性が高いものとしてご理解を頂けましたらと存じます。

「最終的基体」(dhātu)を思想的に含んでいる可能性が高いと考えられる単語

最終的基体・究極的真理・諸法の基体・万物の根源

単一実在論・一元論的我論・発生論的一元論・絶対的一元論・超越的一元論・神秘的同一論

無執着・無所有・無所得・無処住・無所住・無基体

無区別・無分別・不二・離辺・断辺・八不中道・不生不滅・非有非無・百非・絶無

無明即明・煩悩即菩提・生死即涅槃・世俗諦即勝義諦

言忘慮絶・言語道断・絶言絶思・無念無想・無戯論・戯論寂滅・不思不観・無名・無記・不可知主義・反知的神秘主義・神秘的不可説

無基体の基体・無基底の基底・無限の無・無立場の立場・絶対無・絶対的絶対

真理・真如・涅槃・虚空・虚無・空寂・法性・法界・法身・実際・実義・一実・一如・一相・平等・無相・法位・無為・真諦・真性・実諦・実際・如実・実相・自性清浄

もう少し厳密に分析していかなければなりませんし、明確に分類したわけではありませんが、以上のような単語を挙げることができるのではないかと考えています。

さて、それでは「基体説」のもたらす弊害とはどのようなものとなるのでしょうか。次に少し考えて参りたいと存じます。

・・

「基体説」論考1-2
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51786543.html

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 ~ 一枚の紙から考える ~」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html
2010/11/18(Thu)
「基体説」論考3

如来蔵・仏性思想において、最も重大な問題は、「実体的な存在」を是認しているのかどうかということでありますが、残念ながら、これまでの私なりに進めて 参りました仏教論考考察の結果として、松本史朗氏の「基体説」によって明確に説明されるように「実体的な存在」を是認していると言わざるを得ないものと考 えることができ、松本史朗氏の「如来蔵(仏性)思想は仏教にあらず」という見解は追認するべきであると言えます。

これまで、考察の俎上に何度も挙げて参りました「基体説」とは、『存在・現象など一切のモノ・コト、万物に関する究極的な真理としての最終的基体(基本・ 基底・基盤・根本・根底・根源・根拠などの本質体)というものが、「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」としてあるのだと想定・仮定・仮説した上で、 それらから、あらゆる事物・事象・現象が生じていると説明する「発生論的一元論」・「生成流出論的根源論」・「絶対的一元論」』というものであります。仏 教が、上記のような「基体」を想定・仮定・仮説し、「現実肯定の理論」へと転落して、非仏教化していく経緯の中においては、様々に「最終的基 体」(dhātu)に関しての表現が成されて説明されていることが伺えます。

今までの私なりの仏教論考考察から思いつくままにそれらの例をまずは挙げてみましょう。中には、意外と思われる単語も含まれているかも知れませんが、「最終的基体」(dhātu)を思想的に含んでいる可能性が高いものとしてご理解を頂けましたらと存じます。

「最終的基体」(dhātu)を思想的に含んでいる可能性が高いと考えられる単語

最終的基体・究極的真理・諸法の基体・万物の根源

単一実在論・一元論的我論・発生論的一元論・絶対的一元論・超越的一元論・神秘的同一論

無執着・無所有・無所得・無処住・無所住・無基体

無区別・無分別・不二・離辺・断辺・八不中道・不生不滅・非有非無・百非・絶無

無明即明・煩悩即菩提・生死即涅槃・世俗諦即勝義諦

言忘慮絶・言語道断・絶言絶思・無念無想・無戯論・戯論寂滅・不思不観・無名・無記・不可知主義・反知的神秘主義・神秘的不可説

無基体の基体・無基底の基底・無限の無・無立場の立場・絶対無・絶対的絶対

真理・真如・涅槃・虚空・虚無・空寂・法性・法界・法身・実際・実義・一実・一如・一相・平等・無相・法位・無為・真諦・真性・実諦・実際・如実・実相・自性清浄

もう少し厳密に分析していかなければなりませんし、明確に分類したわけではありませんが、以上のような単語を挙げることができるのではないかと考えています。

さて、それでは「基体説」のもたらす弊害とはどのようなものとなるのでしょうか。次に少し考えて参りたいと存じます。

・・

「基体説」論考2

今回は、「如来蔵・仏性思想」の根本的な問題について考えて参りたいと存じます。

この問題については、下記の論考が非常に参考となるものであります。

「如来蔵・仏性思想の問題点」
http://www.nagoya30.net/temple/kyosin/sin-iti/lekcio/seminar3.pdf

少し参考までに本文を見て参りましょう。

如来蔵・仏性思想を説く経典としては、『如来蔵経』『勝鬘経』『大乗涅槃経』『楞伽経』などがあり、論としては『宝性論』(Sthiramati ?)『仏性論』(世親 Vasubandhu)『大乗起信論』(馬鳴 ASvaghoXa ?)『摂大乗論』(無著 AsaGga)などがある。

その他、法華経、華厳経、大日経、金剛頂経、理趣経など、中期・後期大乗仏教の主要教典においても如来蔵・仏性思想の影響が色濃く反映されている内容となっていると言えます。

如来蔵思想・仏性思想とは何か

衆生のうちには、仏・如来、あるいは仏と違わない本来清らかな心(自性清浄心)が宿っており、客塵煩悩(āgantuka kleśa)によって覆われているが、その覆いを取り去ることによって成仏が可能となる、という思想。

如来蔵・仏性思想は異端か

仏教は無我説、すなわち、唯一の根源的実在を認めない。しかるに、"dhātu"なる語は、根源的実在・諸法の発生根拠という意味をもち、そのようなもの を認めることは無我説に反する。また、如来蔵思想とウパニシャッド哲学との類似性が指摘されている。ウパニシャッド(ベーダーンタ)とは、釈尊が批判した 対象に他ならないから、これが反仏教思想であることが結論される。

如来蔵・仏性思想は平等思想か

大乗涅槃経にある「一切衆生悉有仏性」を単純に「一切の衆生は成仏の可能性が有る」とか、平等思想の宣言だとみなしてはならない。この文言の後には必ず、 「一闡堤(いっせんだい、icchantika)を除く 」という語が付加されていて、「一闡堤」と呼ばれるある種の人々は、永久に仏に成ることができない、という差別的な立場が明記されているからである。

・・参照ここまで。

上記に見ましたように、如来蔵・仏性思想の大きな問題点として、一つには、仏教の基本的教説である「空」・「無我」の思想とは真っ向から対立する「根源的 実在」を認める考えとなってしまうということ、もう一つは、「差別思想」であるということの二点を挙げることができます。

後者の「差別思想」に関しては、また機会を得て考察していくこととして、ここでは如来蔵・仏性を「根源的実在」として認める考えの弊害について、次回は扱って参りたいと存じます。

・・

「基体説」論考1

前回は、『「場所の哲学」と仏教』ということについて述べさせて頂きまして、今回は、仏教が「現実肯定の理論」へと転落し、非仏教化していく経緯を松本史 郎氏提唱の「基体説」を視座として、「基体説」の内実、または『究極の真理・永遠の真理としてある「場所」』というものを探究しつづけて展開された仏教の 内実とは、いったいどのようなものであるのかにつきまして考えて参りたいと存じます。

「基体説」・『究極の真理・永遠の真理としてある「場所」』の基本的な考え方は端的に申しますと、存在・現象など一切のモノ・コト、万物に関する究極的な 真理としての最終的基体(基本・基底・基盤・根本・根底・根源・根拠などの本質体)というものが、「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」としてあるの だと想定・仮定・仮説した上で、それらから、あらゆる事物・事象・現象が生じていると説明する「発生論的一元論」・「生成流出論的根源論」・「絶対的一元 論」であります。

存在・現象など一切のモノ・コト、万物に関する究極的な真理を説明していこうとする考え方は、宗教と哲学の両者共の至上命題である「真理の探究」の趣旨に適うことであります。

しかし、「真理の探究」において「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」というものを想定・仮定・仮説してしまうことは、仏教の基本的教説である 「空」・「無我」の思想とは真っ向から対立することになるはずであります。ところが、長い仏教史上において、特に「空」・「無我」の概念から大きく逸脱し ていく教説が展開されてゆくこととなってしまいます。それが、いわゆる「如来蔵・仏性思想」というものであります。

「如来蔵・仏性思想」に関しましては、拙著施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」の第九章「仏性思想・如来蔵思想について」におきましてある程度詳しく述べさせて頂いておりますので参照して頂ければと存じます。

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html

第九章「仏性思想・如来蔵思想について」
http://oujyouin.com/enginorikai9.html

そこで、今一度、「如来蔵」・「仏性」というものは、果たしてどのようなものであるのかということを理解していければと考えています。もしも、「如来 蔵」・「仏性」というものを「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」であるとして認めるならば、「空」・「無我」の概念からは説明がつかなくなってしま います。かといって、認めないならば、どうして「如来蔵」・「仏性」というような概念が出てきてしまったのか、ということを考えていかなければなりませ ん。このことについては、上記の「仏性思想・如来蔵思想について」の考察の中でも少し触れていることではありますが、次にもう少し詳しく扱って参りたいと 存じます。

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 ~ 一枚の紙から考える ~」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html
2010/11/16(Tue)
「基体説」論考2

今回は、「如来蔵・仏性思想」の根本的な問題について考えて参りたいと存じます。

この問題については、下記の論考が非常に参考となるものであります。

「如来蔵・仏性思想の問題点」
http://www.nagoya30.net/temple/kyosin/sin-iti/lekcio/seminar3.pdf

少し参考までに本文を見て参りましょう。

如来蔵・仏性思想を説く経典としては、『如来蔵経』『勝鬘経』『大乗涅槃経』『楞伽経』などがあり、論としては『宝性論』(Sthiramati ?)『仏性論』(世親 Vasubandhu)『大乗起信論』(馬鳴 ASvaghoXa ?)『摂大乗論』(無著 AsaGga)などがある。

その他、法華経、華厳経、大日経、金剛頂経、理趣経など、中期・後期大乗仏教の主要教典においても如来蔵・仏性思想の影響が色濃く反映されている内容となっていると言えます。

如来蔵思想・仏性思想とは何か

衆生のうちには、仏・如来、あるいは仏と違わない本来清らかな心(自性清浄心)が宿っており、客塵煩悩(āgantuka kleśa)によって覆われているが、その覆いを取り去ることによって成仏が可能となる、という思想。

如来蔵・仏性思想は異端か

仏教は無我説、すなわち、唯一の根源的実在を認めない。しかるに、"dhātu"なる語は、根源的実在・諸法の発生根拠という意味をもち、そのようなもの を認めることは無我説に反する。また、如来蔵思想とウパニシャッド哲学との類似性が指摘されている。ウパニシャッド(ベーダーンタ)とは、釈尊が批判した 対象に他ならないから、これが反仏教思想であることが結論される。

如来蔵・仏性思想は平等思想か

大乗涅槃経にある「一切衆生悉有仏性」を単純に「一切の衆生は成仏の可能性が有る」とか、平等思想の宣言だとみなしてはならない。この文言の後には必ず、 「一闡堤(いっせんだい、icchantika)を除く 」という語が付加されていて、「一闡堤」と呼ばれるある種の人々は、永久に仏に成ることができない、という差別的な立場が明記されているからである。

・・参照ここまで。

上記に見ましたように、如来蔵・仏性思想の大きな問題点として、一つには、仏教の基本的教説である「空」・「無我」の思想とは真っ向から対立する「根源的 実在」を認める考えとなってしまうということ、もう一つは、「差別思想」であるということの二点を挙げることができます。

後者の「差別思想」に関しては、また機会を得て考察していくこととして、ここでは如来蔵・仏性を「根源的実在」として認める考えの弊害について、次回は扱って参りたいと存じます。

・・

「基体説」論考1

前回は、『「場所の哲学」と仏教』ということについて述べさせて頂きまして、今回は、仏教が「現実肯定の理論」へと転落し、非仏教化していく経緯を松本史 郎氏提唱の「基体説」を視座として、「基体説」の内実、または『究極の真理・永遠の真理としてある「場所」』というものを探究しつづけて展開された仏教の 内実とは、いったいどのようなものであるのかにつきまして考えて参りたいと存じます。

「基体説」・『究極の真理・永遠の真理としてある「場所」』の基本的な考え方は端的に申しますと、存在・現象など一切のモノ・コト、万物に関する究極的な 真理としての最終的基体(基本・基底・基盤・根本・根底・根源・根拠などの本質体)というものが、「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」としてあるの だと想定・仮定・仮説した上で、それらから、あらゆる事物・事象・現象が生じていると説明する「発生論的一元論」・「生成流出論的根源論」・「絶対的一元 論」であります。

存在・現象など一切のモノ・コト、万物に関する究極的な真理を説明していこうとする考え方は、宗教と哲学の両者共の至上命題である「真理の探究」の趣旨に適うことであります。

しかし、「真理の探究」において「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」というものを想定・仮定・仮説してしまうことは、仏教の基本的教説である 「空」・「無我」の思想とは真っ向から対立することになるはずであります。ところが、長い仏教史上において、特に「空」・「無我」の概念から大きく逸脱し ていく教説が展開されてゆくこととなってしまいます。それが、いわゆる「如来蔵・仏性思想」というものであります。

「如来蔵・仏性思想」に関しましては、拙著施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」の第九章「仏性思想・如来蔵思想について」におきましてある程度詳しく述べさせて頂いておりますので参照して頂ければと存じます。

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html

第九章「仏性思想・如来蔵思想について」
http://oujyouin.com/enginorikai9.html

そこで、今一度、「如来蔵」・「仏性」というものは、果たしてどのようなものであるのかということを理解していければと考えています。もしも、「如来 蔵」・「仏性」というものを「絶対的な存在・実在・実体・自性・自相」であるとして認めるならば、「空」・「無我」の概念からは説明がつかなくなってしま います。かといって、認めないならば、どうして「如来蔵」・「仏性」というような概念が出てきてしまったのか、ということを考えていかなければなりませ ん。このことについては、上記の「仏性思想・如来蔵思想について」の考察の中でも少し触れていることではありますが、次にもう少し詳しく扱って参りたいと 存じます。

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
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「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
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教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
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「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
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・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
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「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
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「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
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チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
斎藤保高著・春秋社
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「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
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「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
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「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
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2010/11/11(Thu)
さて、前回は、松本史朗氏の「基体説」の解説につきまして詳しくその内容を見たところでございます。「基体説」は、如来蔵(仏性)思想批判において展開さ れた松本史朗氏による提唱の説でございますが、仏教が「現実肯定の理論」へと転落し、非仏教化していく経緯を詳しく知見することのできる極めて有効な説で もあり、純粋な仏教とは一体どのようなものであるかを考察していく上で、重要な視座を示しているものであると考えております。

「基体説」は、ある意味で哲学におけるトポス論の一つであると考えることができます。「トポス」(topos)とは、「場所」のことを表しますが、存在・ 現象の基体としての「場所」について探究を行うのが、トポス論であります。最も有名であるのが、西田幾多郎氏の哲学(西田哲学)における「場所論」・「場 所の哲学」であります。「場所の哲学」は、究極の真理・永遠の真理としてある「場所」を探究することがその目的であると言えます。

真理の探究は、宗教と哲学の両者共の至上命題であり、何千年と人類が取り組んできたことでもあります。仏教ももちろん真理の探究に取り組むわけではありま すが、仏教の開祖、お釈迦様により、既にその答えは出ていたはずであったにも拘わらず、その後、仏教に関わる者たちは、様々に悪戦苦闘しながら真理の探究 に更に取り組み、色々な教義・教説・論説・解釈が生じることとなって、諸派入り乱れて、現代まで展開して来ることとなってしまいました。

この混乱の要因は色々と挙げることができますが、その一つとして、「根深い実在論・実体論」というものを特に挙げることができるのではないかと思います。 それが、松本史朗氏の「基体説」というもので、明確にその「基体説」を否定することで、真なる仏教を確立させようとする意図を松本氏の論考から随所に伺う ことができます。

では、さて、究極の真理・永遠の真理としてある「場所」について、仏教ではどのように考えるべきであるのでしょうか。これは、これまでの拙いながらも私の 仏教論考考察からの一つの結論として、そのような『究極の真理・永遠の真理としてある「場所」』というものは、はっきりと(実体・実在として)無いと言え ます。このことは、お釈迦様の教えにおいて意図されているところとも完全に一致する結論であると強く確信しています。私の確信が正しいのか、間違っている のかは、これからの仏教研究の成果により更に示していければと考えている次第ではありますが、では、『究極の真理・永遠の真理としてある「場所」』という ものを探究しつづけて展開された仏教の内実とはどのようなものであるのかについても、しっかりと検証して見極めていく必要があると考えております。

では、まず一体どのような考え方が、「基体説」と言えるのかということについて、次回に少し述べさせて頂こうと存じます。

・・

とにかく、しばらくは「批判的合理主義」の極北を目指して参りたいと考えておりますが、現代仏教学を再考していくための重要な視座として、松本史朗氏の「基体説」による批判学を挙げさせて頂いております。

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・「基体説」とは、簡単に述べさせて頂きますと、一切万物の最終的基体・根本・根源 (dha(_)tu)というものを仮立して、全てのモノ・コト、dharma(諸法)を説明し解決してしまおうという考え方であります。

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」の構造は、非常にシンプルで、「単一な実在である基体(dha(_)tu)が、多元的なdharma(諸法)を生じる」と主張する説で、発生論的一元論・根源実在論であります。

以下、まずは、松本史朗『縁起と空-如来蔵思想批判』大蔵出版 1989年 5-6ページにおける松本氏の「基体説」の説明を見てみましょう。



如来蔵思想における"dha(_)tu"の意味を明確なものとするためにも、私が如来蔵思想の本質的構造と考えている"dha(_)tu- va(_)da"について、以下に説明しよう。"dha(_)tu-va(_)da"(基体説)とは、私が仮説的に用いる用語であるが、その構造は、上の 図に示される。

図に明らかな通り、一切は下にある"locus"〔以下Lと略〕と上にある"super-locus"〔Sと略〕とに二分されるが、"dha(_)tu- va(_)da"の構造上の特徴を挙げれば、次の通りである。1、LはSの基体(locus)である。2、故に、LはSを生じる〔原因である〕。3、Lは 単一であり、Sは多である。4、Lは実在であり、Sは非実在である。5、LはSの本質(a(_)tman)である。6、Sは非実在ではあるが、Lから生じ たものであるから、またLを本質とするから、ある程度の実在性をもつ、または、実在性の根拠をもつ。

以上の諸点について解説すれば、1は言うまでもなく、"dha(_)tu-va(_)da"の構造自体を決定する最重要の点である。2におけるSのLから の「出生」は、Lの基体(locus)という性格・概念それ自体から導かれる。3と4について、Lを単一な実在と見るとき、Sはそれと異性質のものと見ざ るを得ない。さもなければ、LからSが生じることは無意味となる。5について、本質(a(_)tman)とは、"aがなければbは生じない"という関係 (avina(_)bha(_)va 関係)における"a"と考えられる。SはLがなければ生じないから。実際、如来蔵思想の代表経典たる『勝鬘経』と『涅槃経』は、Lを"a(_)tman" (我)と明言している。6は、"差別・区別の絶対化・固定化"を支える思想原理となる。五姓各別説もカースト制も、ここにその根拠を見いだしうる。何故な ら、図ではLの上に三つのdharmaが乗っているだけであるが、そこに、永久に成仏できない一闡提、つまり無姓(agotra)を含めた五姓という五つ のdharmaをSとして置くこともできる。その場合、「一切衆生悉有仏性」と「一闡提不成仏」は、矛盾することなく"調和"する。さらに、Sのところ に、国王・人民・奴隷等の様々の階級をのせることも可能である。ところで、Sの"多性"は"dha(_)tu-va(_)da"の構造上不可欠の要因であ るから、決して解消されない。従って、所謂"現実"の差別はここに絶対化される。繰り返せば、Lの単一性(平等)は、Sの多性(差別)を解消するどころ か、かえってそれを維持し根拠づける原理となる。これは、明らかに差別思想である。

以上、"dha(_)tu-va(_)da"の構造を要約すれば、それは、「単一な実在である基体(dha(_)tu)が、多元的なdharmaを生じる」と主張する説ということになる。簡単に「発生論的一元論」とか「根源実在論」とか呼んでもよいであろう。

・・ここまで。

以上の松本氏の"dha(_)tu-va(_)da"(基体説)の見解を参照にしつつ、仏教が「現実肯定の理論」へと転落し、非仏教化していったことについて改めまして考えて参りたいと思います。

・・

ここ一ヶ月ほどは私事にて仏教の論考考察を小休止させて頂いておりました。少し思うところもあり、これまでの仏教論考考察のあり方について、見直しを図って参ろうかと存じております。

とにかく、仏教思想の中でも非常に重要な視座の一つである「空思想」を考える際においては、「一切は空である」、「諸法は空である」、「諸法は無自性である」ということで、全ての問題が解決されることはあり得ないということの理解が大切となります。

それは、「寂静」・「無戯論」・「無分別」が実義・真理であるとして、全ての問題が解決されることがあり得ないということとも同様であり、「空」やそれら の論理をもって現実肯定の理論にすり替えていくことは、やはり愚かなことであると言わざるを得ないものであり、「如来蔵思想・仏性思想」における現実肯定 の理論においても、もちろん同様であります。

「空」・「寂静」・「無戯論」・「言語道断」・「不可説」・「無分別」・「不二」・「即」で、「はい、全ての問題が解決し、悩み、苦しみも無くなりました。一件落着で良かった。」となるものでは到底ありません。

僧侶に限らず、普通の一般の方におかれましても、ある程度仏教哲学を学べば、「一切は空である」、「諸法は空である」、「諸法は無自性である」ということは容易に理解できるところであります。

問題は、「空」や「無分別」・「無戯論」・「不二」等を理解してから、いかにして現実実際上における「縁起」を見定めていくべきであるのかが重要なこととなります。

日本仏教における伝統教学においても、楽観的、楽天的な一時しのぎの気休め程度にしかならないような教説は徹底して排除すべきであり、とにかく、『「批判 的合理主義」・「空のニヒリズム主義」による「徹底した自己否定」・「絶対的一元論の否定」・「絶対的存在・実在の否定」・「神秘主義の否定」・「盲目的 信仰・崇拝の否定」・「密教の否定」・「呪術・マントラ・迷信の否定」といったこと』の視座から、何百年と継承されてきた日本仏教の伝統教学における誤り についても見直すことが必要であると考えております。

まだまだ若輩、浅学非才の未熟者ではごさいますが、日本仏教の前途について憂うところがある次第でございます。

これからも仏教論考考察に関しても鋭意精進しつつ、自らも確かなる利他・慈悲行の実践へ向けまして努力していけましたらと存じております。

・・

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『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
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2010/11/08(Mon)
とにかく、しばらくは「批判的合理主義」の極北を目指して参りたいと考えておりますが、現代仏教学を再考していくための重要な視座として、松本史朗氏の「基体説」による批判学を挙げさせて頂いております。

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・「基体説」とは、簡単に述べさせて頂きますと、一切万物の最終的基体・根本・根源 (dha(_)tu)というものを仮立して、全てのモノ・コト、dharma(諸法)を説明し解決してしまおうという考え方であります。

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」の構造は、非常にシンプルで、「単一な実在である基体(dha(_)tu)が、多元的なdharma(諸法)を生じる」と主張する説で、発生論的一元論・根源実在論であります。

以下、まずは、松本史朗『縁起と空-如来蔵思想批判』大蔵出版 1989年 5-6ページにおける松本氏の「基体説」の説明を見てみましょう。



如来蔵思想における"dha(_)tu"の意味を明確なものとするためにも、私が如来蔵思想の本質的構造と考えている"dha(_)tu- va(_)da"について、以下に説明しよう。"dha(_)tu-va(_)da"(基体説)とは、私が仮説的に用いる用語であるが、その構造は、上の 図に示される。

図に明らかな通り、一切は下にある"locus"〔以下Lと略〕と上にある"super-locus"〔Sと略〕とに二分されるが、"dha(_)tu- va(_)da"の構造上の特徴を挙げれば、次の通りである。1、LはSの基体(locus)である。2、故に、LはSを生じる〔原因である〕。3、Lは 単一であり、Sは多である。4、Lは実在であり、Sは非実在である。5、LはSの本質(a(_)tman)である。6、Sは非実在ではあるが、Lから生じ たものであるから、またLを本質とするから、ある程度の実在性をもつ、または、実在性の根拠をもつ。

以上の諸点について解説すれば、1は言うまでもなく、"dha(_)tu-va(_)da"の構造自体を決定する最重要の点である。2におけるSのLから の「出生」は、Lの基体(locus)という性格・概念それ自体から導かれる。3と4について、Lを単一な実在と見るとき、Sはそれと異性質のものと見ざ るを得ない。さもなければ、LからSが生じることは無意味となる。5について、本質(a(_)tman)とは、"aがなければbは生じない"という関係 (avina(_)bha(_)va 関係)における"a"と考えられる。SはLがなければ生じないから。実際、如来蔵思想の代表経典たる『勝鬘経』と『涅槃経』は、Lを"a(_)tman" (我)と明言している。6は、"差別・区別の絶対化・固定化"を支える思想原理となる。五姓各別説もカースト制も、ここにその根拠を見いだしうる。何故な ら、図ではLの上に三つのdharmaが乗っているだけであるが、そこに、永久に成仏できない一闡提、つまり無姓(agotra)を含めた五姓という五つ のdharmaをSとして置くこともできる。その場合、「一切衆生悉有仏性」と「一闡提不成仏」は、矛盾することなく"調和"する。さらに、Sのところ に、国王・人民・奴隷等の様々の階級をのせることも可能である。ところで、Sの"多性"は"dha(_)tu-va(_)da"の構造上不可欠の要因であ るから、決して解消されない。従って、所謂"現実"の差別はここに絶対化される。繰り返せば、Lの単一性(平等)は、Sの多性(差別)を解消するどころ か、かえってそれを維持し根拠づける原理となる。これは、明らかに差別思想である。

以上、"dha(_)tu-va(_)da"の構造を要約すれば、それは、「単一な実在である基体(dha(_)tu)が、多元的なdharmaを生じる」と主張する説ということになる。簡単に「発生論的一元論」とか「根源実在論」とか呼んでもよいであろう。

・・ここまで。

以上の松本氏の"dha(_)tu-va(_)da"(基体説)の見解を参照にしつつ、仏教が「現実肯定の理論」へと転落し、非仏教化していったことについて改めまして考えて参りたいと思います。

・・

ここ一ヶ月ほどは私事にて仏教の論考考察を小休止させて頂いておりました。少し思うところもあり、これまでの仏教論考考察のあり方について、見直しを図って参ろうかと存じております。

とにかく、仏教思想の中でも非常に重要な視座の一つである「空思想」を考える際においては、「一切は空である」、「諸法は空である」、「諸法は無自性である」ということで、全ての問題が解決されることはあり得ないということの理解が大切となります。

それは、「寂静」・「無戯論」・「無分別」が実義・真理であるとして、全ての問題が解決されることがあり得ないということとも同様であり、「空」やそれら の論理をもって現実肯定の理論にすり替えていくことは、やはり愚かなことであると言わざるを得ないものであり、「如来蔵思想・仏性思想」における現実肯定 の理論においても、もちろん同様であります。

「空」・「寂静」・「無戯論」・「言語道断」・「不可説」・「無分別」・「不二」・「即」で、「はい、全ての問題が解決し、悩み、苦しみも無くなりました。一件落着で良かった。」となるものでは到底ありません。

僧侶に限らず、普通の一般の方におかれましても、ある程度仏教哲学を学べば、「一切は空である」、「諸法は空である」、「諸法は無自性である」ということは容易に理解できるところであります。

問題は、「空」や「無分別」・「無戯論」・「不二」等を理解してから、いかにして現実実際上における「縁起」を見定めていくべきであるのかが重要なこととなります。

日本仏教における伝統教学においても、楽観的、楽天的な一時しのぎの気休め程度にしかならないような教説は徹底して排除すべきであり、とにかく、『「批判 的合理主義」・「空のニヒリズム主義」による「徹底した自己否定」・「絶対的一元論の否定」・「絶対的存在・実在の否定」・「神秘主義の否定」・「盲目的 信仰・崇拝の否定」・「密教の否定」・「呪術・マントラ・迷信の否定」といったこと』の視座から、何百年と継承されてきた日本仏教の伝統教学における誤り についても見直すことが必要であると考えております。

まだまだ若輩、浅学非才の未熟者ではごさいますが、日本仏教の前途について憂うところがある次第でございます。

これからも仏教論考考察に関しても鋭意精進しつつ、自らも確かなる利他・慈悲行の実践へ向けまして努力していけましたらと存じております。

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

・・

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 ~ 一枚の紙から考える ~」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾
2010/11/04(Thu)
さて、ここ一ヶ月ほどは私事にて仏教の論考考察を小休止させて頂いておりました。少し思うところもあり、これまでの仏教論考考察のあり方について、見直しを図って参ろうかと存じております。

とにかく、仏教思想の中でも非常に重要な視座の一つである「空思想」を考える際においては、「一切は空である」、「諸法は空である」、「諸法は無自性である」ということで、全ての問題が解決されることはあり得ないということの理解が大切となります。

それは、「寂静」・「無戯論」・「無分別」が実義・真理であるとして、全ての問題が解決されることがあり得ないということとも同様であり、「空」やそれら の論理をもって現実肯定の理論にすり替えていくことは、やはり愚かなことであると言わざるを得ないものであり、「如来蔵思想・仏性思想」における現実肯定 の理論においても、もちろん同様であります。

「空」・「寂静」・「無戯論」・「言語道断」・「不可説」・「無分別」・「不二」・「即」で、「はい、全ての問題が解決し、悩み、苦しみも無くなりました。一件落着で良かった。」となるものでは到底ありません。

僧侶に限らず、普通の一般の方におかれましても、ある程度仏教哲学を学べば、「一切は空である」、「諸法は空である」、「諸法は無自性である」ということは容易に理解できるところであります。

問題は、「空」や「無分別」・「無戯論」・「不二」等を理解してから、いかにして現実実際上における「縁起」を見定めていくべきであるのかが重要なこととなります。

日本仏教における伝統教学においても、楽観的、楽天的な一時しのぎの気休め程度にしかならないような教説は徹底して排除すべきであり、とにかく、『「批判 的合理主義」・「空のニヒリズム主義」による「徹底した自己否定」・「絶対的一元論の否定」・「絶対的存在・実在の否定」・「神秘主義の否定」・「盲目的 信仰・崇拝の否定」・「密教の否定」・「呪術・マントラ・迷信の否定」といったこと』の視座から、何百年と継承されてきた日本仏教の伝統教学における誤り についても見直すことが必要であると考えております。

まだまだ若輩、浅学非才の未熟者ではごさいますが、日本仏教の前途について憂うところがある次第でございます。

これからも仏教論考考察に関しても鋭意精進しつつ、自らも確かなる利他・慈悲行の実践へ向けまして努力していけましたらと存じております。

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
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・・

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
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ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
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「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
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「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
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余談「批判的思考の必要性について・1」
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「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
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「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
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ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
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「非有・非無の中道」について
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「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
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「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
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教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
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「苦楽中道説について」
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「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

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